翻訳と余禄

一トンの水

エッセイ

■ 拝名

あっくんというのは五歳の男の子だ。わたしたちは、この間初めて会った。あっくんには、知らないことがある。 あっくんからは「大きい女の人」ということばがたびたび出てきた。最初は語尾を濁しながら、そのうち明瞭な声で。なぜ女の人にこだわるのか不可解…

■ 天上を編む

朝おきると、ラジオをつける。わたしの部屋には長いこと時計がなかったので、携帯電話で時間をみる手間さえ惜しい朝には、ラジオをつけて耳で時間を確認していた。そのくせが、壁かけ時計がやってきてからも、まだ少し残っている。 シカゴの公共ラジオを選び…

■ 虎の経験

長かった準備期間が終わり、ようやく旅立っていった。残りの人たちも、明後日には無事に出国し入国することだろう。受け入れ先の声も知らない人と、大きなことを細々と連絡しあい、気まずかったり面倒だったりして、お願い事を無視し無視されながら、ようや…

■ 地下水脈の音

毎日毎日、かなしい。 なぜ何がかなしいのか分からないのだけれど、強いて考えてみると、生きていることがかなしい、としか言いようのない芯が胸のなかにある。からからに乾いた海綿のように、握ったらつぶれて肌を傷つけそうな、きれいなわけではないのに扱…